── 広島にて教員からの転職で、本当に大変だったことをヒアリングしました。協力いただいたのは、広島在住、30歳のNさんになります。現在も広島の民間企業にて勤務。
広島で教師だった私のキャリア
地方国立大卒業後、広島の公立高校教員に。
中学時代からの夢で、難関大学への進学指導を専門にしていた。
2年目には主任として、教科のマネジメントも担当。
客観的に見れば、順調なキャリアだったと思う。
転職を考えたきっかけは、理不尽な人事異動だった
転機は突然来た。
ある年の人事異動で、それまで難関大進学指導を
専門にしていた自分が、教育困難校へ異動になった。
これまでの「常識」が、全部通用しない環境だった。
さらに、結婚したばかりの妻も学校関係者だったため
お互い職場が近くなるよう異動希望を出していた。
結果は、ふたりの職場が100キロ離れる人事だった。
どれだけ努力しても、能力を磨いても、
評価も配置も、自分の意思とは無関係に決まる。
「このままでは、自分の生き方を自分で選べない。」
その事実に気づいたとき、転職を本気で考え始めた。
最初の転職は、半年で失敗した
当時の自分は、少し捻くれていた。
「頑張っても報われないなら、頑張らなくていい場所でいい。」
比較もせず、YouTubeの情報だけを頼りに
「大学職員は楽そう、教育繋がりで経験も活かせそう」
という理由だけで飛び込んだ。
結果は、半年で退職。
誰でもできる業務、2〜3年ごとの異動、育たない専門性。
自分の存在を出して、誰かに喜んでもらうことで
自己肯定感を高めるタイプの自分には、合わなかった。
就活経験もなく、教育以外の知識もなく、
客観的な情報を一切集めずに動いた、自分の失敗だった。
30社以上、書類で落ちて絶望をした転職活動
「もう自分の判断は信用できない。」
そう思って、初めてキャリアエージェントに連絡した。
初回面談で、正直に全部話した。
短期離職のこと、民間で使えるスキルが思いつかないこと、
教員経験に、自信が持てないこと。
担当者はそれを全部、肯定的に受け止めてくれた。
コンプレックスだと思っていたことを、強みに言い換えてくれた。
でも、現実は甘くなかった。
教材制作の企業、教育事業の会社、地元の有名企業——
ほとんどが、書類で落ちた。
自分の市場価値の低さを、数字で突きつけられた。
気づけば30社以上に落ちていた。
それでも、ふと思った。
「もし大学事務や教員のままここに来なかったら?」
ぞっとした。
同時に「まだ取り返せる」とも思えた。
そこからは、気になった求人には迷わず応募した。
100社でも、前に進めるなら構わないと決めた。
リクルートの部長に言われた言葉が、今も残っている
「営業は向いていない」と避けていた自分が
エージェントに勧められたのが、キャリアアドバイザーという仕事だった。
不思議と、興味が湧いた。
最終面接を担当したリクルートの部長に、こう言われた。
「あなたは教員としての経験って、転職して民間企業に入るなら
無駄な時間だったと言っているけど、
教員って本当にすごいと私は思っていて、
今日面接したからこそ、Nさんは教員を経ないと
今の西岡さんにはなり得なかったんじゃないかと確信を持ってる。日々マルチタスクが求められ、授業も生徒も
ほぼ一人で1年目から設計して、責任を全部自分で負っている。
圧倒的な判断力と自走力がないとできないし、
相手にわかりやすく伝えるためには、
自然と相手の状態を理解して解像度を高めないと
構成も展開も考えられない。教員で身についたスキルも、大学職員での経験も、
長い人生というスパンで見ると、失敗でも何でもなくて、
あなたという人格や人生を形作る、パズルのピースだと思います。」
この言葉を聞いたとき、正直、泣きそうになった。
ずっとコンプレックスだと思っていたものを、
初めて「価値があるもの」として見てもらえた気がした。
同じ境遇にいるあなたへ
広島で公務員や教員をしていて、転職を考えている人に、
一つだけ伝えたいことがある。
あなたがこれまで積み上げてきたことは、無駄じゃない。
書類で落ち続けると、自信を失う。
「自分には何もない」と思う夜がある。
それは本当のことだし、否定しない。
でも、教員として一人で授業を設計し、
生徒と向き合い、マネジメントをこなしてきた経験は、
民間では簡単に手に入らないスキルだ。
それに気づけるかどうかは、
出会う人や、踏み出すタイミングによる部分も大きい。
怖くていい。
失敗してもいい。
パズルのピースは、全部つながっている。
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